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何も出来なかった。

'11.04.24


今まで、荒浜・亘理・閖上・多賀城・野蒜・松島、
そして両親の住む石巻と、津波に飲まれてしまった極地に立った。
360度見渡して思うこと、整理のつけようもなく。
言葉も出ず、現実を受け止められないままそこを後にする。

様々な思いが沸いてくるけど、俺に出来ることといえば・・・



久々のchop-onz、月一JUGの日も皆の元気な顔を見れて感無量。
勿論、未だ大変な日々を送っている南相馬のランブリン前田君や、
石巻に住むタグッチャンが心配だったので、
まずは石巻へ応援に行くことに。ハチポチイクと友人の吉田氏も同行。


タグッチャンとは、石巻インターを降りてすぐのところで落ち合った。
震災後の日々を聞く。避難所で声を掛け合いながら日々生活していたという。
KKJBで出来る何かを伝え、街中へ車を走らせた。

駅前では、津軽よりスコップ三味線で被災者達に元気を与えていた。
音楽で出来ることはもう既に始まっていた。



日和山に登ってみることにした。





20数年前、よく遊びに来ていた場所から見る景色は、そこには無く。
DSC_0263_convert_20110425235652.jpg


只々、とめどなくあふれる熱いものを抑え切れず。




しばしぼやける景色から目を離せずにいた。









遠くに見える穏やかな海と、廃墟と、元気に咲く桜。
幼少の頃に走り回っていた場所は、
セピア色に似ていながら、全く非なる色に変わっていた。



結局、何も出来ずに帰ってきた。
音を出す勇気も折れてしまった。

けど、それで良かった。と思う。
それしか無かったんだし。



全てを無くしてしまった被災者と、
いくつかを無くしてしまった被災者。
それぞれに、それぞれの想いがある。
「被災者」と呼ばれる人たちのそれぞれに。

これからもきっと俺は気持ちが折れるだろうけど、
折れたらまた直そうと頑張ろう。
息子と娘に、桜の時期には日和山に行って、
語り継いでいこう。
そして、大切なことを沢山話してあげたいと思う。

今日、そう元気付けてくれた友達に心から感謝しているんだ。
ありがとうね。



何も出来なかったけど、
次に何ができるのかを考えさせられたし、
実現へ向けて語りかけてくれる、友人達の協力に感謝した一日。


2011/04/25

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・このコメントは管理人のみ閲覧できます・2013.07.09・・edit

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